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戦後70年談話会議座長起用目前 西室泰三氏の経歴 難病余命5年 壮絶な人生を語る

      2015/04/19


日本政府は安倍首相が今夏に発表する戦後70年談話に関する有識者会議の座長に
西室泰三日本郵政社長を起用する方向で最終調整に入ったという。

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西室泰三氏のプロフィール

西室氏は日本の実業家で
武蔵中学校⇒高等学校⇒2年間の浪人生活を経て慶應義塾大学経済学部に入学した。
在学中にカナダブリティッシュコロンビア大学へ留学するという大変勉強熱心な方である

1961年に東芝へ入社し、アメリカ東芝の副社長を経て、東芝の常務、専務へ就任
1996年には代表取締役社長を務めた後、2000年に会長へ就任した

その後東京証券取引所取締役会長を勤め、2013年には日本郵政代表取締役社長に就いた

1.火種多き男西室泰三

輝かしい社歴の裏に、西室氏は非常に火種の多い男とされてきた。
周りもしくは本人からは常に何かしらの火種がくすぶっていたと思われる。

まず、東芝社長就任後には総会屋への利益供与事件が勃発
半導体事業の不振に見舞われ、アメリカではフロッピーディスクの装置訴訟和解による1100億円の特別損失を被る等
常に不祥事や損失が相次ぎ、社長退任後迄利益は下降し続けた。

しかし、悪い話ばかりではない
1995年に東芝の専務取締役に就任した際、DVD規格戦争の指揮官として、東芝に大勝利をもたらしたのだ。
当時、本命といわれていたソニー・フィリップス連合軍のMMCDを相手に東芝は大逆転勝利を収めた。

その後、東京証券取引所会長就任中にはジェイコム株大量誤発注事件が発生し、
社長職を兼務し、事後処理をおこなった。
ライブドアショック時には全銘柄取引停止という異例の措置を取った事でも有名である。nishimurotaizo2

郵政民営化後には郵政民営化委員会委員長を歴任し、
郵政グループ参加のゆうちょ銀行が認可申請している住宅ローンやそれに伴い損害保険の募集、法人向け貸付について条件付で容認すると発表した。

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さらには、中国政府系ファンド・中国投資有限責任公司(CIC)の有識者会議のメンバーに選任されている

良くも悪くも日本経済、政治面では常に話題の中心となる人物だったようだ。

2.余命5年宣告 難病を患っている?西村氏の掲げた目標とは

時は遡る事50余年、働き盛りであった西室氏はある日
足が思い通りに動かなくなり、病院に向かったそうだ。

そこで、医師から「原因不明、もってあと5年」と宣告された
西室氏は原因不明の筋肉が衰えていく病(ALSとは違う?)に侵されていた

医師からは筋肉の衰えが次第に身体の丈夫へ移っていき、心臓まで侵していくと説明を受けた

当時の事を西室氏は「わけがわからなかった、ぴんとこなかった。現実味がなかった」と語っているという。
20代の若さで死ぬはずはないと強く否定した西室氏は数多の病院にかかり、半年以上かけて様々な医師に診断を仰いだが、結果は同じで「余命5年」と診断されたという。

日に日に足が動かなくなり、現実味を帯びてくるにつれて、極度の恐怖を感じ、仕事と酒とたばこに逃げたという。
別のことで頭を埋めることで恐怖をわすれることができたということだ。

1日1カートンものタバコを吸っていた事から、医師には肺がんでその前に死ぬと言われたという。

そんな最中西室氏は「自分のモニュメントを作る」という事を目標に掲げた。

東芝に自分のモニュメントを作り、死後も周りの人たちが自然と自分のことを思い出してくれるようなそんな人間になると言う事を目標としたのだ。
そこからは、”恐怖から逃げるための仕事”から”目標を達成する為の仕事”に変わった。

そして、余命5年と宣告された西室氏が今なお健在なのは、
仕事の成果が認められて3年後にアメリカ駐在となり、アメリカでの最新医療で一命をとりとめたという事だ。

目標を持ち、仕事をしてきた事が結果的に自分の命まで救ったという事である。

難病、余命宣告5年という記事とはかけ離れてしまいましたが、
西村氏の当時の話に感銘を受けたので、これを記事とさせていただき、この記事は終わりにしたいと思います。

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 - 時事

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